プロフィール

ABC株式会社
山田太郎(名前)

趣味:登山、映画鑑賞、料理

特技:A級ライセンス所持

【例文:これは架空の文章です】
■生い立ち
19XX年、私は会社員(職業)の父と看護婦(職業)の母の長男(長女)として広島県に誕生しました。
小学生時代は、腕白な子供でした。いつも休み時間には校庭で走り回っている外で遊ぶのが大好きでした。どちらかと言うと学習よりも体育が好きな方で、体育の授業では燃えるものの国語の授業では落ちつきが無いとよく叱られました。それが今に本を出すようになるとは、この頃は想像もしていませんでした。(簡単なエピソード)

中学時代は、野球部に所属しレギュラーとして活躍しました。県大会で準優勝したのは悔しかったけど、全力で練習して、全力で戦った、その結果の負けは良い経験でした。
勉強は中の上くらいでしたがクラスでは人気者でした。(部活動などに関する簡単なエピソード)

高校時代は、サッカーにはまり、あまり勉強に熱が入りませんでした。サッカー部ではゴールキーパーをやっていました。ゴールキーパーは守りの最後の要、とても重要なポジションだと思います。今の仕事にゴールキーパーの「守る」経験が少し役に立っています。
(または、高校時代には、受験のために部活動と受験勉強の両立でメチャクチャ頑張りました。)
(何か、人生に影響を与えた経験があれば、それについて詳しく記述します)

大学時代は、経営学部に入学しました。専門は経営学になります。ゼミで経営戦略を研究し、その面白さに惹かれて、経営コンサルタントの道に進む決意をしました。
(人生の方向性を変える時期です。そのような出来事があればお書きください)
(感動した旅や本、出会いなどの思い出など)

この道に進もうと決意した理由は、高校時代に経験したゴールキーパーという役割が会社経営を守るコンサルタントとダブったことです。キーパーはチームの一番後方から他の選手に指示をだします。危険な箇所を見つけては大声で叫ぶのです。経営コンサルタントと似ていませんか?

このように、学生時代に経験したことが私に影響を与え、この道に進むことを選ばせました。
私はこの経営コンサルタントとして日本の第一人者となり、困っている人々を救いたいと思いました。その夢を実現できるように人生を練りはじめたのはこの頃でした。(学生時代の志、夢について熱く語る)

注)子供時代を詳細に書くとかなり長くなります。誌面では要点をまとめ、ウェブではスペースの許す限り、詳細に書いてみてください。ただし、ダラダラとした文では逆効果です。エピソードを面白く。

■旅立ち
社会人になったのは19XX年、この年は就職氷河期で、就職に大変苦労しました。
私が就職した会社は、コンサルティング会社で初めての配属は営業課でした。それから朝から晩まで先輩に叱られながら営業を頑張りました。就職して5年間、一日も早く先輩に追いつけるように、寝るまもなく、がむしゃらに働きました。お陰で取引先には可愛がっていただきました。

■転機(タイトルがつけられればタイトルをつける)
就職して数年が経ち、後輩もできて責任のある仕事も任されるようになりました。
そんなある日、仕事でミスをしてしまいました。これが大きな事件になり、責任を問われることになります(挫折の切っ掛けを書く)。切っ掛けは小さなミスでしたが、取引先の信頼を失う結果になってしまいました。私個人のミスというより、部署として対応できていないことが原因でしたが、最終的に直接対応した私の責任ということで処理されました。これもゴールキーパーに似ていますね。守備の崩壊による失点。社会に出ても経験することになりました。

■どん底を経験する
あの事件が元で会社を辞めることになりました。
実は結婚を約束した人がいましたが、私の失業により先方の両親に反対され、婚約を解消することになりました。職を失ったことよりも、愛する人を失ったことが、とても悔しい。そして悲しい。体の中から力が湧いてこない、そんな思いをしました。
しばらく仕事もなく、雇用保険も終了し、まったく収入が無くなってしまいます。少々うつ気味になってきているのが自分でもわかりました。
来る日も来る日も仕事を求めてハローワークや求人情報サイトをチェックしますが中々自分にあった仕事がありません。いつもの様に昼間から公園で途方にくれていると、見知らぬ人に声を掛けられました。

■出会い
-出会いを書く(無ければ省く、でも教訓を得た人がいればできるだけ書く)-
その人はよく見ると、会社員時代にお世話になった取引先の小さな会社の社長さんでした。
小さな会社と言っても年商5億円を数人で稼いでいる優良企業です。
その社長さんが退職した私のうわさを聞いていて、一度、話さないかと言ってくだったのです。
私は社長さんに一部始終を話しました。私の夢のことから彼女を失ったことまで、心の中にあるすべてを話しました。すると社長さんが「うちに来ないか」と誘ってくださいました。

■気づき
私は、この社長さんのお言葉に甘えて、お世話になることにしました。
私は、私を拾ってくれた会社の力に成れるように必死で働きました。その甲斐あって、ひとりで年間1億円は稼げるようになりました。会社も少し大きくなりました。
そして5年くらい経った頃、社長さんに呼び出されました。
君は力があるのだから、独立しなさい。という事でした。
私は社長さんに育てていただいたことを感謝し、独立起業することにしました。
32才になっていました。

この経験で私は、会社員時代は自分の夢の為に働いていたこと。そして転職後は会社の為、自分に気を掛けてくださった社長の為に働いていたことに気づきました。
社長さんは自分のことよりも人を育てることに喜びを感じる人でした。
そうか、自分に足りなかったものは、人のために貢献することだったんだと気づきました。
人のために働く、相手の会社の成功のために働く。それが私の学生時代の夢ではなかったのかと再確認しました。そして会社を興して、お客さんのために働こうと決心しました。

■起業
経営コンサルの会社、ABC株式会社を立ち上げて、ネットでクライアントの募集を開始しました。
お世話になった社長さんのご紹介もあり、初年度から順調にすすみました。
業績もあがり、さまざまな実績を積むことができました。
仕事がうまく行けば行くほど、クライアントには喜ばれ、自分の喜びを感じる日々が続きました。
そんなころ一緒に働いていた女性と結婚し、子供も誕生しました。まさに充実した人生です。
これも一重にあの社長さんとの出会いがあってのことです。
あのどん底の中、誰も信じられなくなっていた自分を誘ってくださった社長さんがいたからこそ今の自分がいるのだと思います。社長さんに学び、社長さんをめざして来ました。
私もあの恩人である社長さんのように、私を頼ってくださる人たち、お客さんを大切にしてお客さんの成功のお手伝いができるように、頑張っていきたいと心に誓いました。
-決意、なぜこの仕事を始めたのか、そしてお客さんをどうしたいのかを書く-

■実績
今までに300社をコンサルティングして、業績アップ率150%になります。
この間、倒産した会社はゼロです。
-具体的な実績を書く-

■私のミッションは
私は私と関わってくださる人々に恩返しをしたい、そのために相手の方を幸せにしたい。
といつしか思うようになっていました。

■最後に
私は今後、○○(こう)なりたいと考えています。
これから出会う方々を幸せにすることで、私自身も幸せになりたい。
そんな人生を歩んで行けたら最高だと思っています。今後も一緒に目的達成をめざしてもよいという方をお客さまとお仕事をして行きたいと思っています。
このような私ですが、ご興味をお持ちいただけましたら一度、お話しをお聞かせください。

ABC株式会社
山田太郎(名前)

経歴

時期内容
2002年株式会社○○入社
2004年マーケティング事業部配属
2008年起業